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2022-01-24 (Mon) 21:09

アリステア・マクリーン「ナヴァロンの要塞」 日本における冒険小説の夜明け


みなさん、お疲れさまです(誰も全く疲れてないが)。この期に及んでの武漢風邪方面の報道を見るにつけ、政府とかメディアにはアホしかいないのか?としばし茫然となってしまうのだが、あるいは全部分かった上でぬけぬけとプロレスをやっているのかも知れない、とこのごろ思うようになってきた。だとすればキッシーも緑のタヌキも、なかなかの役者やのう。そんなことは全くどうでもいいんですが、諸君も知っての通り……というか誰も全く知らないわけだが、拙者は相変わらず昭和に生きる今どきのヤングなわけである。私よりもう少し上の世代の人は、「ナバロンの要塞」という面白い映画を見てびっくり仰天して、慌てて翻訳書を読んで冒険小説というジャンルの存在を知るに至ったわけですな。思えば、これが日本における冒険小説の夜明けであったと断言しても過言ではないだろう。


かく言う拙者も、「ナバロンの要塞」がテレビで放送されるたびに食い入るように鑑賞して、なんでこんなに面白い映画が作れるのだろう、と感嘆しておったものである。そしてのちに遅ればせながら翻訳書を読んだわけだが、ここでもう一度驚嘆することになったのである。というのも、あれは映画ならではの迫力であり面白さであると単純に思い込んでいたのであるが、その迫力も面白さも、アリステア・マクリーンが書いた小説「ナヴァロンの要塞」の中に完全に描かれており、これだけの凄まじい作品ならば、どんなバカやチョンが作っても面白い映画になるよなあ、という感想を抱いたのであった。もっとも、映画の方もよくまとまった力作であることは確かで、バカやチョンではここまでの名作にはならないと思うが、今にして思えば余計な性格描写やロマンスを入れたせいで、小説にあったストレートな迫力の何割かは失われてしまったのではないだろうか。


「ナヴァロンの要塞」は「女王陛下のユリシーズ号」に続くマクリーンの二作目にあたる。この作品でマクリーンの作風が確立されたことは疑いのない事実で、これ以上ないまでの絶体絶命の危機を設定して、読者の斜め上を行くアクロバティックな展開で切り抜けてゆくギリギリのヒーロー像というパターンがここに生み出された。もっともこのパターンは、登場キャラたちの行動が大時代なスパイ像にすぎるという弱点を内包しており、社会が複雑になりスパイ小説が地味でリアルなものに変わっていくにつれて、必然的にマクリーンの小説は時代に取り残されていく。成功作とされる「荒鷲の要塞」「ナヴァロンの嵐」は、「ナヴァロンの要塞」と同じいわばスパイの神話時代を描いた作品であり、80年代まで次々に鳴り物入りで出版された現代ものが、軒並み無残な結果に終わったのも仕方のないところである。だからといってマクリーンの価値が下がるわけではなくて、むしろ「ユリシーズ号」「ナヴァロンの要塞」の二作だけで人間国宝なみの存在であると言うべきなのだが。


映画「ナバロンの要塞」で思い出したのだが、拙者という人間を形成したのは日曜洋画劇場や水曜ロードショーといった、毎日のように9時からやっていた洋画番組であり、名作から異色作まで何が出てくるか分からない深夜映画であった。現在では金曜ロードショーが細々と生き残っているようだが、変な日本映画か子供向けのアニメしかやらないようで、あれだけ古今の名作という資産がありながらわざとくだらないものばかり出してくる放送局の見識が、どうしても解せないのである。やはりメディアにはアホしかいないのだろうか。あるいは、国民の知性を引き下げるためにわざと知的水準の低い放送を行い、しかる後に愚民どもの上に君臨しようという深遠な計画なのかも知れない。その場合、われわれ冒険小説ファンは知性と教養を武器にして、全体主義者どもの陰謀と戦わなくてはならないのだ。己の肉体と機知のみを武器に危機また危機を切り抜ける、キース・マロリー大尉率いる不撓不屈のプロフェッショナルたちのように。(だんだん陰謀論者みたいになってきた)







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最終更新日 : 2022-01-24

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